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これが秋田人形道祖神アート!

秋田県マップ   1 大館市の人形道祖神

2 能代市の人形道祖神

3 男鹿市のナマハゲ

4 仙北市の人形道祖神

5 大仙市の人形道祖神

6 美郷町の人形道祖神

7 横手市の人形道祖神

8 湯沢市の人形道祖神

9 北秋田市の人形道祖神

10 にかほ市のナマハゲ/アマノハギ

王国・秋田が誇る道祖神クエストの旅へ!
クリックすると絵と道祖神の写真を比較いただけます。Please click to enlarge.

1 大館市 Odate

小雪沢のドジンサマ 女神 Ver2 小雪沢のドジンサマ・女神Ver2
大館市内から小坂を抜け、鹿角へ延びる樹海ライン沿いに点在する道祖神のひとつ。失われた手を付けてみる。数百年も生き続ける原始的な姿に感動。
  小雪沢のドジンサマ 女神 小雪沢のドジンサマ・女神
ベンガラの赤は「猛毒だから気をつけて」と教えてもらう。触ると手や服が赤くなり取れにくい。毒の赤は美しい。毎年描かれる顔が一定しないので、毎年拝見するのが楽しみ。

山田のジンジョサマ 男神 山田のジンジョサマ・男神
(新明岱常会)

1集落に8ペアの神様、合計16体の神様が集中する山田集落。旧暦10月末日の前日に行われる「ぶっつけ」は見逃せない(新明岱では行われない)。見事なチームワークに感動
  山田のジンジョサマ 女神 山田のジンジョサマ・女神
(赤坂常会)

道祖神の中でも人間の形状に近いため、神々しさをどのように表現するかが制作の肝となる。

松峰のニンギョサマ 武蔵坊 弁慶 松峰のニンギョサマ
武蔵坊 弁慶

3体の神様が祀られる松峰集落。鉱害によって集団移転した歴史がある。作り替え行事と町内の巡行を取材させてもらった。
  松峰のニンギョサマ 源 義経 松峰のニンギョサマ
源 義経

3体のうちの一体。真ん中。巡行中、首回りにお供えとして刺されたきりたんぽに、「まさに秋田の風景!」と感動。後で皆さんで食べられるという。お裾分けいただいた。

松峰のニンギョサマ 那須 与一 松峰のニンギョサマ
那須 与一

3体のうちの一体。一番背が高い。巡行中に日が暮れ、顔の周囲に挿されたロウソクの炎が浮かび上がり、異国のような祭りに思えた。
  中羽立のニンギョウサマ 中羽立のニンギョウサマ
男1

3体のうちの一体。一番背が高い。作り替え後に行われるキリタンポやお酒を奉納するシーンには驚いた。こんな行事を今でも見ることができるのは奇跡的。

粕田のニンギョウサマ 粕田のニンギョウサマ・女神
2体のうちの1体。その形状に思わず「どすこい!」という言葉が脳裏に浮かぶ。集落の皆様はとても朗らか。虫追い行事と豊かな水量が印象的であった。
     

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2 能代市 Noshiro

小掛のショウキサマ 男体 小掛のショウキサマ・男体
村の入口に男神、山側の出口に女神が鎮座する。手が長くミノムシのようにフサフサした胴体。とてもユニークな姿は何度でも絵に表現したくなる。
  小掛のショウキサマ 女体 小掛のショウキサマ・女体
男体と同じく体格は立派。しかしお顔は少し柔らかい面影がある。2020年、角川武蔵野ミュージアム(埼玉県所沢市)収蔵用に1体作っていただいた。

小掛のショウキサマ 男体 小掛のショウキサマ・男体
杉の葉をまとう前の姿。資料写真ではその可愛らしさに驚いた。おっぱいとおへそがしっかりみえる。作る過程を拝見すると勇ましい印象に変化。
  鶴形のショウキサマ 下・男神 鶴形のショウキサマ・下・男神
集落に6体(男女半々)が鎮座。全て異形で怖い印象がある。駅の周囲に点在している為、歩いて周回が可能。

田代のショウキサマ 田代のショウキサマ
「近くに似たお面が祀ってあるよ」と小掛のNさんから情報をいただき、拝見することができたお面。現・北秋田市とは昔から文化圏が重なっていたらしい。
     

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3 男鹿市 Oga

男鹿のナマハゲ 男鹿のナマハゲ
男鹿市を中心に約80の集落で行事が行われている。道祖神が終わればナマハゲの世界を調べ描いていきたいが道祖神がなかなか終わらない。
     

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4 仙北市 Senboku

吉田のワラニンギョウ 吉田のワラニンギョウ
初めてみた姿は、冬を越えボロボロの状態であった。顔が取れていたが、3頭身のぽっちゃりした姿にひとめぼれ。毎年顔や姿の雰囲気が劇的に変わるのがユニーク。
     

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5 大仙市 Daisen

鶴田のショウキサマ  鶴田のショウキサマ
ワラで美しく編み込まれ、とてもユーモラスで可愛らしい姿。一度休眠されたが最近復活した。会いに行きたい神様。
  中荒沢のショウキサマ 下 中荒沢のショウキサマ・下
小さな祠にギュッと収められ、作り替えを取材させていただくまで、体の作りがよくわからなかった。おっぱいやへそ、膝に使われる小さめのサンダワラが可愛らしい。ミノボッチが特徴。

北観音堂のオニョサマ 北観音堂のオニョサマ
人目に付かないよう置かれている。兜が外されたお顔はとても精悍。見事な彫りのお面は一見の価値あり。現在全体の作り直しに向けて準備中。
  上小曽野のオニョサマ 上小曽野のオニョサマ
彫りが素晴らしく、悪霊退散が可能に思えるほど迫力満点。オニョサマ立てで歌われるゴスペルのような歌も、ずっと耳に残る美しい音色。

夏瀬のお面 夏瀬のお面
八幡神社に置かれている2つのお面のうちの1つ。何とも言えない表情が印象に残る。道路工事のため神社に移された。
     

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6 美郷町 Misato

本堂城跡のショウキサマ 本堂城跡のショウキサマ
本堂城の広大な跡地に鎮座する。春は菜の花で黄色に染まる風景に感動する。カリスマリーダーのSさんが亡くなられた後も皆様が引き継いで毎年1回新調される。
     

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7 横手市 Yokote

末野のショウキサマ 末野のショウキサマ
カシマ立てとカシマ流しが同日に行われる貴重で稀有な集落。リーダーのSさんの情熱に触れ、時に感極まることも。鹿島人形コンテストが開催される等、秋田の中でもとりわけ熱い集落。
  中ノ又のカシマサマ 中ノ又のカシマサマ
末野に割と近い。昭和40年代の生活改善運動でカシマ流しができなくなり、カシマ立てに進化した。現代風にアレンジ・進化していくのが特徴。

木下のカシマサマ 木下のカシマサマ
十文字町木下にある人形道祖神。夏に作り替えが行われる。午前中に作り上げ、夕方から改良したポンプ車に載せて巡行する。巡行する距離は長く、気づけば周囲は真っ暗に。盛大なお祭り。
  藤巻のヤクジンサマ 藤巻のヤクジンサマ
毎年新調される100kg以上の神様を人が背負い、祠まで運ぶ行事が秋田県内では知られている。背負っても壊れないよう頑丈に、また美しく編むなどワラ編みの技術が高い。

田代沢のカシマサマ 田代沢のカシマサマ
秋田県最大の道祖神。桜が散り始める頃、作り直しが行われる。目の前にある石油のような香りがする源泉掛け流しの温泉に入ると、翌日の肌はツヤツヤ。
     

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8 湯沢市 Yuzawa

末広町のカシマサマ 末広町のカシマサマ
水神社の裏に鎮座するその姿に圧倒される。近くに2体のカシマサマがある。4月の作り替え時は集落の皆様が集まり、その様子は壮観。メジャー級の道祖神。
  若畑のニンギョウサマ 若畑のニンギョウサマ
年に3回も作り替えが行われる。まさに若畑パワー。他に小さなワラニンギョウを2体、村の境界に置く。「ツツコ」を初めて知る。

オッペチのカシマサマ オッペチのカシマサマ
取材で最も驚かされた道祖神。「ガモ突き」がとにかく凄い。実はガモ(男根)がご神体。美術館収蔵用に神様を作っていただいた。その過程で集落の皆様の考え方に触れ、感銘を受ける。
  白沢のニンギョウサマ 白沢のニンギョウサマ
ニンギョウサマの中でもその造形が大変可愛らしい。周辺には複数のニンギョウサマが点在し、「道祖神女子」にとってまさに聖地。
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9 北秋田市 Kitaakita

桐内のショウキサマ 桐内のショウキサマ
旧桐内村はダムに沈み現存しないが、森吉山ダムを見下ろす十四合同神社で2つのお面をみることができる。当時の写真から、真ん丸な目があったことがわかる。
  桐内のショウキサマ 桐内のショウキサマ(想像上)
御年80代のTさんが子どもの頃、ワラの胴体がある桐内のショウキサマをみたことがあるそうだ。目がギョロっとし、髪が生え、人間のようでとても怖かったそう。

小様のショウキサマ 小様のショウキサマ・上
鉱山が連なる山間にひっそり存在する面。お堂がある付近の石は空気に触れると粉々になってしまい、鉱石には向かないとのこと。個人が守られているお堂に保管されている。
  小様のショウキサマ 小様のショウキサマ・下
木で作られているため、鼻などが取れてしまっていた。先述のTさんに見せていただいた昔の写真を参考に描き上げる。実際は赤く塗られている。

塚ノ岱のショウキサマ 塚ノ岱のショウキサマ・大きい
「もう存在していないかもしれない」と調査中諦めかけていたお面。地元の皆様の助けで対面することができた。感無量。
  塚ノ岱のショウキサマ 塚ノ岱のショウキサマ・小さい
昔はどのような胴体であったのか謎の神様。同集落の90代の方もわからないとのことで、ずっと以前に作り替えは終わっていたようだ。鉱山地域では、人形道祖神の行事が継続しにくい理由があるのかも。

桂瀬のショウキサマ 桂瀬のショウキサマ
現存しない神様。90歳近い男性に伺った話を元に描く。「手はぎゅっと・・・」「頭は確か俵で・・・」など貴重な証言を教えていただいた。こちらも鉱山で活気づいた町の道祖神。
     

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10 にかほ市 Nikaho

石名坂のナマハゲ 石名坂のナマハゲ
正式名称はアマノハギ。日中は人形道祖神の「お社」である小屋焼きが行われ、夜に山からナマハゲがやってくる。この日の子ども達は、これから訪れる恐怖で憂い顔になる。
     

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イラストレーターなのに!?道祖神を有名にしたい奮闘記!

概 略

 私はイラストレーターですが、実はイラスト以外にも、「秋田人形道祖神プロジェクト」(以下、ANP)を引っ張っていくため企画やディレクション等を担当しています。「なんでイラストレーターの私が!?」と最初戸惑いましたが、やらざるを得ない状況になり、少しずつできる範囲が増えていき、気づいたらディレクション担当に。表に出ることはありませんが、裏では相当に汗をかいているので、その奮闘記をご紹介いたします。

 今でこそ「人形道祖神」の認知はあがりましたが、同プロジェクトを始めた2018年当時、秋田県内でさえ「人形道祖神って何?」という状況でした。きっと、私と同じように地元の文化遺産や特産品を広めたい方もいらっしゃると思いますので、ご参考になれば幸いです。

ANPについて

 ANPは執筆担当の小松氏と私と2人で営んでいます。彼は図書館や古本屋で古書や研究論文を探し出し、日々情報を収集しています。新しい道祖神の存在がわかれば「調査に行きましょう!」と地元の方にアポイントを取り、いざリサーチへ。
 私はそんな彼の姿を見、彼の道祖神に掲げる情熱や調査実績が、秋田県外に出ることなく終わってしまったらとても勿体ないと思いました。私自身も人形道祖神の魅力にハマリ、だったら、このユニークな神様をなんとかして世に出るきっかけを作ろう!と決意しました。
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書籍や記事の編集作業

 一般の方向けの新聞や書籍制作では、郷土史研究家の小松氏が執筆した原稿を一番にチェックします。文化遺産をリサーチするという、どうしても専門家向けになりがちな世界。あがってくる原稿は一般の方が読んでわかりにくかったり、もっと整理した方がよい時もあったり、勿論一発OKの場合もありますが、毎回方向付けを行っています。わかりにくい箇所があれば何度も修正を依頼したり、文章が足りなければ自分で取材したものを提供することも。修正目的を小松氏に伝えると、理解し対応してくれるので、おかげで書籍や秋田魁新報で連載中の「ハラカラ」記事等、全体的なブラッシュアップが可能になりました。

 ハラカラ紙面書籍「村を守る不思議な神様1」を作った際は、小松氏も私も「道祖神ビギナー」だったので、皆様と同じ目線で謎を解いていく過程を書くことができました。今読んでもとても面白いです。(絵はブラッシュアップしたいですが!)続巻「2」では、だいぶ経験値があった為、取材内容をメインに文章に落とし込んだり、小松氏が持っている歴史的背景や考察を盛り込んだりする手法を取りました。「1」に比べて専門的領域がかなり増えました。「1」と「2」と、どちらの手法がよいかは賛否両論ですが、両方の本をご購入いただいた方々が「1巻をとても面白く読んだ。2巻はまだ読めていない」という意見もあったりし、「2」を進化させたらさらに良くなるのではないか感じています。(勿論「2」も、民俗学や歴史に興味があれば抜群に読み応えがあります!)

 「2」の制作時、原稿が大幅に遅れ、短期間でイラスト制作を進めざるを得なかったこと、また当時小松氏に取材を全面的に任せていたこともあり、最低限の意見を述べるに留まりました。このときの悔しさが、私自身のリサーチの取り組み方を変えることになります。

 またイラストレーターなので当たり前かもしれませんが、原稿に合わせて必要なイラストを自ら考え制作しています。たまに小松氏より「挿絵が多すぎるのでは」と指摘がありますが、読者の皆様から「わかりやすい」「手に取りやすい」というご意見が届いており、「歴史的・民俗学的なわかりにくい世界だからこそ、多めの挿絵やその難解さを払拭させる大胆なイラストが必要」だと感じ、暫くはこのままいってみようと思います。

 写真では他の民俗学的資料に埋もれてしまう可能性が高く、歴史的な文化遺産であるからこそ、斬新にポップな要素を加え、「世界にも通用するクールなカルチャー」として新しい方々にも興味を持っていただけることを目指しています。
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取材のスタンス

 ANPの2人で取材しています。小松氏が歴史的・地理的な背景などインタビューを通じてリサーチ。私は集落のおじさまやおばさまとの普通の会話から生まれる言葉や情報をメインにリサーチしています。

 集落の皆様は取材に慣れておらず、調査上の形式的な質問に対して答えに窮したり、話しにくそうな場面をよく見かけました。そこで私は、集落での井戸端会議やふとしたおしゃべりに加えてもらい、生の声を拾うようになりました。普段の「おしゃべり」が一番活き活きしています。取材先の作業場では端から端を飛びまわり、お一人お一人にヒヤリングしていると、ふとしたタイミングで物凄い情報を結構な頻度で頂けるので、その度に小松氏と共有しています。最近では秋田の方言がわかるようになり、取材がやりやすくなりました。

 そんな対話から生まれる「ドラマ」。最近ではさらに取材力がついたようで、さらにその奥へ切り込みたいと、小松さんをよく引っ張っていき、多々質問をさせていただいています。その結果は書籍や記事等で活かされており、相乗効果でさらなる深みが出てくるようになりました。

堅実の小松、攻めの宮原

 ハラカラ紙面「うちでイベントをやってみませんか」と有難くも企画のお話を頂くようになりました。最初にお互いの意見を出し合い、専門的内容は小松氏へ、一般の方向けにわかりやすく伝える必要があれば私が担当します。

 小松氏は秋田県内の造詣が深く、饒舌で、調査やリサーチを得意とする一方で、それらを活かすためのわかりやすい解釈や、堅実な調査ゆえの大胆なアイデア思考、全体の工程管理が苦手です。一方私は、お金の管理や集落の長老との連絡係(言葉のイントネーションや県外出身という理由もあり)、話下手、さらには地理感などが苦手です。そこで、私たちはお互いの不得意な部分を助け合い、得意分野を活かすようにしています。お互いの特徴がよくわかるエピソードをご紹介します。

角川武蔵野ミュージアム「妖怪伏魔殿」秘話


 角川武蔵野ミュージアム  首都圏の美術館から「3体ほどの人形道祖神を展示したいので作ってくれないか」と打診がありました。結果的には7体の神様と1艘の鹿島船が展示されました。

当初「先方が希望する3体でいいのでは」と小松氏。「インパクトを感じてもらえるようもっと展示したい」と私。

「今までの取材を通じて信頼関係を築くことができた集落の皆様にお願いしよう」と小松氏。「首都圏の皆様が初めて道祖神をみる機会なので、インパクトがある神様、私が初めてみて感動した神様からお声をかけよう。信頼関係がまだ構築できていない集落でも、企画書を持参し相談に伺ってみよう」と私。

ある程度制作が決まった段階で「もうこれでいいのでは」と懸念を示す小松氏を説得することも。最終的に「宮原がそこまで言うならばやってみよう」となり、その後は積極的に対応してくれました。

 各集落の皆様へ小松氏にアポイントを依頼、私は企画書を準備。そして2人でご相談に伺いました。今回の制作を通じて、集落の皆様との強固な信頼関係を築くことができたのでよかったと思います。一方、お連れする道祖神が増えてしまったので、運送や費用など負担も増加。しかし、小松氏が知り合いの運送屋さんにアポイントを取ってくれたり、経理や集落の皆様との連絡係を率先して担ってくれたりし、お互い力を合わせて難局を乗り越えることができました。

秋田県立近代美術館「あわいをたどる旅」展 出品作品


 展示壁面  2019年、小松氏宛に美術展展示の協力依頼のお話がきました。そこで彼は、「菅江真澄と人形道祖神をつなげたい」と考え、人形道祖神が登場する場を設けてくれました。
 さて、作品はどうしよう?
 「ルポルタージュ形式」というアイデアを出してみたところ採用されたのですが(詳細はこちら)、展示形式は未定。とりあえず、小松氏の調査ブランを元に取材を行いました。そして互いの展示プランを話し合うことに。
 彼の意見は「今回調査したことを含めた道祖神分布マップを作れたらいいな」ということでしたので、「折角の美術館展示なので、書籍ではやれない、先日決まったルポルタージュ形式のシナリオを私が書いて進めていきたいがよいか?」と確認。そして全面的に任せてもらうことにしました。(他にもやってみたいプランがありましたが、展示におけるANP作品の目的を考慮したり、また小松氏がびっくりしないよう書籍に近い形態を選びました)
 展示壁面  早速自分の取材メモを片手にシナリオを練り上げました。その後、史実的なチェックや加筆を彼に依頼。同時に絵の制作も進めていきました。
 スケジュール的に無謀な挑戦だったかもしれませんが、この経験によって、それぞれの得意分野が明確になり(当初私は遠慮し『絵』の範囲を超えようとしませんでした)、ANPの動きが変わっていく良い機会になったと思います。
(右photo:草g裕)



KADOKAWAより書籍「村を守る不思議な神様・永久保存版」刊行 2021


 村を守る不思議な神様の書影  2020年秋、無事に角川武蔵野ミュージアム様に人形道祖神を納品した際、私にもうひとつの目標がありました。「ミュージアムと同じ敷地内にKADOKAWAの本社がある。ということは、編集者の方も、本物の道祖神を見る機会があるのではないか」「道祖神の魅力を感じていただけたら、書籍化の可能性が生まれてくるのではないか」
 勇気を振り絞り、美術館展示でお世話になったキュレーターのMさんに相談してみました。すると、迅速に編集の方に繋いでいただけました。小松さんも「まさか!」とびっくり。2人で「やったー!」と喜びました。(Mさん、ありがとうございました!)

 しかし、ここからが本番です。編集部内でGOサインが出ないと出版の道は開かれません。担当編集のSさんと、企画会議に向けて企画書づくりを開始。Sさんが企画書を作りやすいよう、様々な切り口を提案させていただきました。(こういう過程は大好きなので、楽しかったです。)例えば、恐ろしい話、不思議な話、長老がメインのお話、秘境感を強めに出したり、近場の温泉情報など観光要素をサラリと入れるなど。また個人的に興味があったマタギの話など。(マタギはそのまま活かされることに)
 おおよその方向性を定めたSさんは、いよいよ企画会議に臨みました。「どうかよろしくお願いいたします!」と見送る私。その後、待てど暮らせどご返事がありませんでした。「いつもならすぐご返事があるのに・・・」「やはり厳しいか・・・」「世の中は甘くはない」「これがダメなら次はどうしよう」と一人で悶々としていました。すると、Sさんから「決まりました!出版OKです!」と吉報が!「わわわわわ」とびっくりしました。

 村を守る不思議な神様のマンガ  こうして、書籍づくりが始まりました。当初時間もないので「村1」「村2」の合体方式でいくことになりました。しかし同方式では内容が濃すぎて読むのがしんどくなる、という意見もあり、ならば緩和剤としてマンガを投入しよう、挿絵をもっと増やそう、また章立てのおおよその内容とページ数を決めよう、などSさんとおおよその「箱」を作り上げていきました。そして、いよいよ小松さんが執筆をスタート。この後の小松さんとのやりとり/調整がなかなか大変でしたが、結果的に専門書的な傾向から脱却し、「わかりやすく面白く道祖神のことを知っていただける本」「民俗学や郷土資料の枠を超えた新しい一冊」に少しでも近づけたのではないかと思います。

 とはいえ、同書も含めて先述の展示など、小松さんがやりたいことをかなり軌道修正させてもらっているのが大変申し訳なく、また自分が目指す方向が果たして正しいのかにも疑問も感じ、今後はお互い自由にやれる領域をもっと築くべきだと考えています。

 村を守る不思議な神様の挿絵  最後に、1冊の本を作りあげた感想をご紹介。
同書で初めて自分がリサーチしたことをアウトプットすることができました。(「村2」時の反省を活かすことができました!)原稿の方向性を小松さんと相談/ある程度調整できましたし、「なぜ道祖神の行事を今でも続けることができるのか」の理由を知りたくて(今まではそこまで突っ込めなかったりし)、長老に食らいつき、聞き取った大切な言葉を沢山ご紹介しています。
 そしてマンガ。リサーチしていると「こういう切り口もあるのでは」という気持ちが生まれてきました。先述の「あわいをたどる旅」展出品作品が自信につながり、初挑戦。へっぽこな完成度で恐縮ですが、登場する方々の魅力が伝わったら嬉しいです。

 またカラフルな道祖神画も時間をかけてじわじわ成長してくれました。巻末に画集を作っていただきましたので、アートな世界もお楽しみください。詳しくはこちらから
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WEB化

 dosojin.jpANPの活動を世に広く知っていただける大きな原動力は、何と言っても公式サイトの存在です。
「グッドデザイン」として、様々なサイトで紹介されている「dosojin.jp」。2018年、秋田市に事務所を置くneccoさん(ブランディングデザイン会社)と交流していた私は、原画を片手に人形道祖神の魅力を熱く語っていたところ、その様子を面白く思った社長の阿部さんから「道祖神のサイトはあった方がいいと思う。僕たちが手伝うよ」と声をかけてくださいました。

 「最終形はこんな風にしたい」と最低限のぼんやりしたビジョンを伝えただけで、サイトのデザインやディレクションは全て阿部さんにお任せし、2019年4月にリリースされました。「まるで本を読むようなwebサイトだ」と今でも評判だとか。凄すぎるサイトができ、私は喜々とブログをアップし始めました。最初はイベント告知がメインでしたが、少しずつ「読み応えがあるようにしたい」「私の強みであるイラストを増やしたらどうだろう」と試行錯誤しながら書き始めました。取材のこぼれ話や、「今ここで書かなかったら誰も知らないことになってしまう」と思い、取材先で教えてもらったことなど具体的エピソードを紹介するようになりました。

 そして、「ブログ読んだよ〜」と声を掛けてくださるようになりました。昨年東京オフィスに移住したneccoの阿部さんやデザイナーの今さんに「ブログを読んでますよ。(ネット情報ではなく自分達の足で稼いだ)第一次情報というのがすごい。(→小松氏の執念と運転のおかげ)」「少子高齢化でますます厳しくなる道祖神づくりを、写真等アーカイブとしてサイトを利用したらいいと思うよ」とアドバイスを頂きました。以前はほぼほぼ道祖神のことを知らなかった阿部さん達が、より深く道祖神のことを知ってくれていることに驚き、そして感激しました。「伝わっている・・・!」誰もが知らない道祖神の魅力溢れる情報を、これからも発信してまいります。

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